Search


Category Archives

2007年09月07日

Vol.13 嵐の夜に。 



Nancyです。

台風が去って、お昼間は陽の光を浴びた木々がとてもきれいでした。
強風にあおられて少しぐったりしているようにも、たくさん水を浴びて生き生きしているようにも見えます。

昨日は空全体が暗雲に覆われて、悪魔がたくさんコウモリを従えてやってきそうな不気味な雰囲気で、仕事中も「いつくるか!?いつくるか!?」とそわそわ落ち着かなかったNancy。
結局、風で傘がこわれちゃいそうになったり、よれよれになりながら帰宅しました。

そんな中、「あぁ、やっぱり自然にはかなわないなぁ。」と実感。

そう。どんなに文明が発達しても、人間は自然にはどうにも抗えないのだ。
人間も自然の一部で、自然の摂理の中に生かされているだけなのだ。

日常の中では、自分が自然の一部だと認識することはなかなかむずかしいです。

例えば、うちのponchan(ピンポンの木。超かわいい子です)に抱きついたりチュウしても、なんだかponchanは私に心を開いてくれていないんじゃないかと疑ったりする時があります。
私なんかが触ったら、ponchanが汚れてしまうんじゃないかと思う時もあります。
自分の心の醜い部分を、ponchanには見透かされているような気がして、ちょっと気まずくなる時もあります。
心のキレイなponchanと、キレイでないNancyは、違う世界の生き物のような気がするのです。

自然は邪念や打算がないから『自然』なのであって、人間は邪念や打算だらけ、おまけに自己中心的で自己愛のカタマリ。
神聖な自然に敬意を払うことを忘れた現代人は、『自然』と共に、『自然』として、『自然に』生きることができなくなってしまった気がします。

五感はどんどん鈍り、頭でっかちになり、何をするにしても頭の中で余計なことをぐるぐる思い悩み、自分を守るだけのつまらない生き物になってしまったかんじ。

利便性や合理性のみ追求する一方で、大切な心や鋭い感覚を失いつつあり、とても『自然』とかけ離れた存在になってしまったような気がします。

都会で生まれて都会で死んでいくのだとしても、雨のにおいや風や木々の音、小さな命の存在に常に敏感でいたいと思う。
心の目を開き、感覚を研ぎ澄ませて、自分の感覚に素直でいたい。
『自然の感覚』に逆らわないで生きていきたいなと、台風の夜にNancyは思ったのでした。

trackbacks

trackbackURL:

comments

comment form

(Oyaco.net|nancy にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form