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2007年07月29日

Vol.7 偉大



Nancyです。

先日参議院選挙の投票に行ってきました。
ついでに実家近くにある九品仏のお寺に久しぶりに寄って、写真をパチリ。

この日はとてもお天気が良くて、参道に高く高く立ち並ぶ木々がきらきら輝いていました。
覆いかぶさるように育ちまくった木々と、セミの声に包まれながら参道の真ん中を歩いていると、心が静かに波打って、子どもの頃の思い出がたくさん蘇ってきました。

夏休みになると、境内でラジオ体操が行われていて、ママとお姉さまに連れられてよく行きました。
たしか朝6時ぐらいからだったと思うのだが、残念なことにNancyは子どもの頃から朝が弱かった。
起こされても起こされても全然起きられず、ママとお姉さまに置き去りにされることもしばしば....。
のそのそ起きてリビングに行くと、ラジオ体操帰りの二人が、いいかんじにさわやかな汗で顔をテカらせていた。

スタンプカードがあって、体操前にスタンプを押してくれる。
たくさん出席したコには景品がもらえるのだが、ねぼすけNancyは一度ももらったことがない。
そんなものに興味ないもん、とさらりとしていたが、端で景品をもらっているお姉さまを見て、毎年激しくジェラシーを燃やしていたのだ。(自分がねぼすけなくせに、お姉さまもいい迷惑だ。しかも景品は大したものではない。)

昔、参道の脇に甘味処があって、ママによくかき氷を食べさせてもらいました。
ずいぶん前になくなってしまったのだが、その甘味処は時代劇とかでよく見るお茶屋さんのようにお外で食べられて、Nancyは子ども心に「あぁ、和ってかんじだわ。」とその雰囲気をとっても気に入っていたのだ。
いたって普通のかき氷だったと思うが、もう二度とあのかき氷が食べられないんだと思うと、やたら食べたくなるのが人間なのね。

九品仏にある木々は、高く奔放に生い茂り、どれもかなりの高齢。
きっとこの境内に出入りするたくさんの人々の一生を、長い間ずーっと見てきたのだろう。
私は大人になってからは何年かに一度ぐらいしか訪れないので、もう木々に忘れられているような気がして、少しだけ気まずかった。
「あんた誰だっけ?」って言われてるみたいで....。

そんな偉大な木々(自然)の前では、人間はとーってもちっぽけなものにちがいない。
私が今日おなかをこわしてようが、失恋しようが、ルンルンだろうが、彼らが見てきた長い歴史や、自然界、宇宙からすれば、ゴミみたいなもんだ。(ゴミならまだいい。ほこり程度だな)
そう考えると自然の壮大さに頭が下がる。

九品仏の木々は、とても奥深い。
絶対に人間なんてかないっこない、歳月を重ねたものだけが醸し出す、偉大な何かがありました。

2007年07月28日

Vol.6 トイレと洗面所  


Hi!Nancyです。

今日はNancyのおうちの、トイレと洗面所を彩ってくれた植物たちをご紹介します。
うふふ、ちょっとはずかし!

まず最初に、ラン科アランダ属の『ノーラブルー』さん。
とても可憐なむらさきです。


続いて『ヒペリカム』さん。
思わず食べてしまいたくなるこの子は、少し枯れてきてもいい感じに味わいが出て、わりと長くつき合えるんです。(隠れたつもりがNancyちょっと写っちゃいました....。)


続いて『トルコキキョウ』さん。
切り花としては長持ちする方ですが、さすがにこの暑さ!つぼみが開く前にぐったりしおれてしまって、1週間持ちませんでした....。


そしてい〜い香りの『バラ』さんたち!
トイレを世の中で最も幸せな空間にしてくれます。




こちらのバラさんは、大好きなおともだちがプレゼントしてくれたもの。
やさしい気持ちがいっぱ〜い込められています。


さてさて、いくつかご紹介しましたが、Nancyは1週間に一度はお花を買います。

だってね、お花がおうちにあるとないとじゃ、全然ちがうの!
何がどうちがうかって言うと、まずお部屋がパッと明るくなる。

それから、うちの場合は主にトイレか洗面所に飾ってますが、トイレって、ねぇ?なんだか....いくらお掃除してきれいにしてるつもりでも、なんとな〜く「美しい空間!」って感じがしないじゃありませんこと?
それがトイレにお花を飾るとどうでしょう!
トイレに行くのが楽しみになります。
特にバラなんて飾った日には、トイレ中に香りが広がって、しあわせ〜な気分になります。
ムダに長居しちゃいます。
お花たちからすれば「もっと目立つとこに置いてよ!」って感じなのかもしれないけど....。

それから、やっぱり生きもの(命)を感じながら生活すると、自然とよどんだ気持ちは明るくなり、高ぶった感情は穏やかになり、おも〜いカラダは軽くなるのです。不思議よねぇ。

Nancyは仕事中、夕飯を買いに代官山のとあるスーパーに行きます。
一人で行くのはつまんないので、必ず職場のデザイナーである『のんたん』を無理矢理連れて行きます。
のんたんはおなかがすいていないと、「行きたくない〜」と軽くしぶるのですが(まぁ当然だけど)、そこをなんとかお願いして(半分脅し)一緒につき合ってもらうのだ。
かわいいかわいい弟です。

そのスーパーで、いつもついでにお花を買っているのですが、適当な量をお手軽な値段で買えるので、かなりお気に入り!


お弁当を買って扉を出ると、

Nancy「さぁ、今日はどんなお花にしようかなぁ。」
のんたん「これがいいんじゃない?」
N「え〜!?こっちの方がかわいいよ〜。あっ、これもかわいい!あっ!このバラすごくいい香りだよ。かいでかいで!」
の「くんくん。あ〜、ほんとだ。でも鼻つまってるからよくわかんない。.....これなんかどぉ?」
N「え〜、やだ。のんたんの趣味変だよ。....ねぇ、このピンクのと、この赤いのと、黄色いのだったらどれがいい?」
の「その中だったらこれかなぁ。ピンクはもう飽きた。」
N「なに飽きたって!べつにのんたんちに飾るわけじゃないじゃん!」
の「黄色いのでいんじゃない?」
N「ほんとにぃ?....じゃあそれにするー。」

このような会話を週一で繰り広げております。
更にこの後、同じお花でもどの束が一番元気でつぼみが多いか、などと延々と口論し吟味したあげく、やっとお買い上げなのだ。(かなりうざい客だと思われていると思う....。)

そしてルンルンで会社に戻ります。
のんたん、いつもつき合ってくれてありがと!(写真も無理矢理撮らせてくれてありがとね。今度アイスを買ってあげますよ!)

のんたんからしてみれば、めんどくさいにちがいない。
お花なんか興味な〜いも〜ん、みたいな顔してる。
でも、でも、でもっ!ひとりで選ぶよりふたりで選んだ方が絶対に楽しいのだ。
のんたんもちょっとは楽しいはず!(?)
これからもつき合ってもらうからね〜。

さておうちに帰ったらさっそく水切りして花瓶にいけます。(うちにはちょうどいい花器がないのでいつもグラスなのだ。)
この作業が一番好き!
お花に直に触れて、お水の中でチョキチョキ。
お花の生き生きとした生命を、直に感じることができるのです。ドキドキしちゃう。

そしてトイレか洗面所に飾ります。
いけた格好が気に入らないと、その後何度もトイレに戻って、あ〜でもないこ〜でもないと向きを変えてみたり更に短くしてみたり....。

一番幸せなのが、どんな時でもトイレのドアを開けると「Hi!」って笑顔で迎えてくれること。
疲れて帰ってきても、朝半分寝ぼけながら入っても、その笑顔にかなり癒されます。
なるべく長く元気でいてほしいので、朝晩必ずお水を代えて、一日置きに水切りします。
もちろん話かけることも忘れないのだ。

そして一番悲しいのは、切り花の宿命、だんだん元気がなくなり死んでしまった時です。
亡くなる何日か前から「がんばれ〜」とせっせと水切りするのだが、元気のない姿を見ちゃうと悲しくなってきちゃいます。
しかし奇跡は起きず、ついにお別れの日。
「どうもありがとう。」と言ってグラスから出し、バイバイします....。
とってもせつないお別れです。

短い間でも、一生懸命うつくしい姿を見せてくれたことに感謝。
Nancyのおうちにもらわれてよかった!って思ってもらいたいな....。

 

2007年07月21日

Vol.5 大切な場所





Hi!Nancyです。

今日はNancyの自宅マンション前の街路樹をご紹介。

150mぐらいつづくこの通りは、一歩足を踏み入れた途端、都会の喧騒を忘れさせてくれます。
背が高く豊かに葉を茂らせた緑のアーチは、通る者たちをやさしく見送り、そして迎えてくれるのです。

Nancyはいつもこの通りを通って駅に出るのですが、朝はさわやかな陽の光をキラキラ浴びて風に揺れ、「いってらっしゃい!今日も頑張ろう!」と言ってくれます。
単純な私は「よし!頑張ろう!」とみるみるエネルギーが湧いて、車のビュンビュン走る大通りにてくてく出ていくのだ。

そして夜、街中のホコリと害虫を、カラダ中にこびりつかせてとぼとぼ帰ってくると、暗がりの中から「おかえりなさい。おかえりなさい。」と言ってホコリやら害虫を取り払ってくれます。
なんとも言えない湿気とともに、木と土独特の香りで私を浄化してくれて、カラダ中の緊張が解けてホッ。

この通りを通る人たちは主にマンションの住人さんが多いのですが
犬のお散歩をしている人(フンはちゃんとかたしてね)、
ジョギングしている人(ゆる〜く長い坂なのだがキツくないのか!?)、
歩行のリハビリをしているおじいちゃん(最近見ないけどどうしてるかしら?)、
snobbishな夫婦だかカップルども(だいっきらい!けむしよりきらいっ!)、
そしてバギーをおしたパパとママたち....などさまざま。

そのどの人たちも、ここの街路樹は暖かく迎え、癒してくれるのだ。

どんなにナーバスな時も、どんなに疲れて意識もうろうとしている時も、ここを通るとハッとします。
そしてホッとします。
それぐらいここの街路樹はパワーと存在感があるのです。
そりゃ新宿御苑や代々木公園の木々に比べたら全然及ばないけれど、街路樹としては立派です!



この写真は、同じ通りで今年の3月に撮ったもの。
夜の『ハクモクレン』。
夜なので写りがイマイチで、この美しさをお伝えしきれないのが残念!
ほんっとに美しかったです。
暗闇に真っ白の花がポッと、ろうそくの火のように灯っているんです。

この時期はまだ寒くて、寒さにめっぽう弱いNancyは「うぅ〜、さむい〜」と小走りに家路を急いでいました。
でもこの木が「おかえりなさい」と迎えて、Nancyの心にも火を灯してくれて、とっても暖かくなったのを覚えています。
ハクモクレンのモクちゃん、どうもありがとう。
来年もたくさんお花を咲かせてね。

この通りを毎日通れることに感謝。
どんなに日常が大変でも、自分を迎えてくれてホッとできる場所があるということは、とても幸せなことだと思います。

たとえどこに行っても、自分だけのそんな場所を見つけて大切にしたいな。

そしていつかは、そんな場所をだいすきな人と一緒に歩けたらいいなぁ〜、とかなんとか夢見ちゃったりして....!えへへ。

2007年07月17日

Vol.4 天国のお花



 
Nancyです。

今日のお花は、この都会にさえも楽園をもたらす『タチアオイ』さん。

タチアオイはアオイ科の植物で、トルコ原産種と東欧原産種の雑種なのだそう。
2m近くの背丈に葉っぱを茂らせ、ピンクや紫、白いお花を見事に咲かせます。

Nancyは昔からこのお花を『天国のお花』と呼んでいますの。
街中でふっと見つけると、まるでそこだけ天国のように見えるの!

この写真ではイメージが伝わりづらいのですが、これでもか!とばかりにうっそうと生い茂り、満開のお花をつけた姿は、まるでklimtやHenry Dargerが描くお花たちのようなんです。

キラキラとしたお陽さまの光を反射して、タチアオイ自身が幸せの光を発しているかのような錯覚に陥っちゃう。

まぶしくて目がくらみそうなり、不思議と彼らを取り巻く空気でさえも、今私が吸っているものとはまったく異なる物質のように見えてくるんです。
「天国ってきっとこんな感じなのねぇ」
と思わずにはいられないの。
(決して夏バテで頭がイカれたわけではないのだ)

何にもとらわれずに生い茂る野性味。
けれど、どんなに茂っても決してtoo muchにはならず、清らかでさりげなさを漂わせているのです。
強い太陽を浴びて風にユラユラサワサワと揺れるそれらの絶妙〜なバランスは、もはや生命体という域を超越して、神さまに仕える者のよう。

Nancyの中では、タチアオイから受ける印象は他の植物のそれとは少し違うんです。
確かに野性的ではあるのですが、ちょっとこの世のものとは思えないような、人間離れというかお花離れというか、神々しい雰囲気を彼らは持っているのです。

まさに神さまを彩るために創造された、『天国のお花』としか思えないのだ!

きっとNancyのようなドジな天使が、「きゃあっ!」って地球上に種をパラパラっとこぼしてしまったのかもしれないわ。うふふ。
もしくは神さまが
「ほれほれ、天国ってこんなに素晴らしい所なんだぞ。悪いことしなければいつか天国に来れるぞ。」
と、天国のプロモーションのために地球上に『お試しミニミニ天国』をつくっちゃったのかも!

天国にいるNancyの愛する人たちも、この風景の中にいるのかもしれないな....。

そう思うとタチアオイを通じて天国の人たちと、時間や喜びを共有しているように思えて、とってもとっても幸せな気分になるのです。

2007年07月14日

Vol.3 family


こんにちは。Nancyです。
今日はNancyの大好きな家族をご紹介します。

左の写真がピンポンの木の『ponchan(ぽんちゃん)』。
ponchanは今年の4月にわが家にやって来ましたの。
背が高くて、天井スレスレ。
土から出ている部分だけで2mはあります。
葉っぱは少しゴムの木に似ているかな。一番大きな葉っぱで縦35cmもあります。

植木屋のお姉さん曰く、来年の5月にはちょうちんのような真っ白なお花が咲くんだそう。
うふふ。たのしみぃ〜!

ponchanは、Nancyの生態の全てを把握しています。
歌ったり踊ったりしてごきげんな私。
筋トレに励んで自分の筋肉に酔いしれている私。
おnewのワンピースをさっそく着てウキウキひらひらしている私。
落ち込んでメソメソしている私。
疲れてぐったりしている私。
具合が悪い私。
イライラしてる私。
テレビ見て笑ったりジ〜ンときて泣いてる私。
パクパクモグモグくいしんぼうな私。

ponchanはいつも何も言わずに見ています。

毎日ponchanに話しかけるのですが、会話ははずみません。
会話その1:毎週水曜と土曜に必ずする会話。
「ねぇねぇ、ponchan。お水足りてる?」
「.......。」
「足りてなかったら言ってね。」
「.......。」

会話その2:4日前に新芽がついてる(写真右下)ことを発見し、
「わぁ!ponchan、新芽が出てる! すごいねぇ。5つもあるよ。」
「.......。」
「どぉ?最近梅雨で日当りあんまり良くないけど、寒くなぁい?」
「.......。」
「新芽さんたちも元気に育つといいねぇ。大きくなるかしらねぇ。」
「......。」

無口なponchan。

私がいくらご機嫌ナナメの時でも、メソメソしてよどんだマイナスの気を、家中に大量放出していても、ponchanは文句ひとつ言わずに毎日を精一杯生きています。
与えられた環境の中で、ただただ精一杯生きています。
その、純粋に生きようとする姿はとっても美しい。

そんなponchanを見ていると、はっと我に返る。
ponchanはグチもこぼさず、後退もせず足踏みもせず、邪念も抱かず執着もせず、ただ一日一日を、前に前に進んでるっていうのに、それに比べて私ったら!!
過去にとらわれたり、現状に不満を抱いて後ろ向きになってしまったり、未来に不安を感じて足踏みしたり....。
negativeの極みじゃあないか!いかんいかんっ!

そんな私から大量のマイナスシャワー(決してマイナスイオンではない)を浴びてるにも関わらず、文句ひとつ言わないponchan。

会話その3
「うっうっ。ごめんね、ponchan....。こんなにマイナスの気ばっかり出してしまって。ponchanだってイヤ〜な気分になっちゃうわよね。」
「.......。」
「ごめんね。元気出すからね。いっつもponchanから元気をもらっているけど、Nancyの元気も分けてあげられるように、Nancyもponchanを見習って頑張るっ!」
「.......。」

そして思いっきりponchanのbodyに抱きつきチュウします。
ゆさゆさゆれるponchan。
私の頭に葉っぱがさわり、まるで「よしよし」ってなでられてるよう。
ありがとう、ponchan。

こんな時だけ都合よく、ponchanに人格を与えてしまうのだ。
植物に人格があるのかどうかは分からないけれど(人格って....そもそも人じゃないけど)、人間が都合よく気持ちを投影させてるだけなのかもしれないが....。
どっちにしても植物には人間を癒し、慰め、元気にしてくれるpowerがあるにちがいないのだ!

以前テレビで、ある有名なスピリチュアル系の方がこんなようなことを言っていました。

植物はね、見返りを求めずに人間に無償の愛をくれるのよ。
だから人間は元気に暮らすことができている。そういう力が植物にはあるの。
だけど、もらってばかりで、植物に愛をあげないと、植物は死んでしまうのよ。
愛を全部使い果たして、何も言わずに死んでいくの。
植物を家に置いてもすぐに枯らしてしまう人って、愛をもらってることにすら気づかないのよ。

それを聞いて、ほぉ〜、なるほどねぇっと思ったNancy。
たしかに昨年うちにいた子は、あっという間に無惨に枯れてしまったのだ。
思い当たる....。あんまり愛情を注いでいなかったから....。

ponchanや植物たちとふれあうようになって、自分も自然の一部なんだなぁと実感。
人間は傲慢で自分勝手で、まるで自らの力で生きているように思いがちだけど、自然に「生かされている」ことを思い出さなくてはいけませんね。たまにはね。

さて、写真右上の子が6月に仲間入りした『bleちゃん(ブレちゃん)』。
オニヤブソテツモドキという、よくわからない植物だが、2本のクキがシュッシュッと伸びて、まるで仲の良い夫婦みたいなのだ。
土から上の部分は約20cmぐらい。

そんなbleちゃんに、うちに来て1週間ほどで赤ちゃんができましたの!
そのまた次の週には二人目が!!
二人のbaby leavesちゃんはパパとママの足下で、けなげに頑張ってます。
パパとママは、やさしいまなざしで二人を包んでいる。
その4人の姿は本当に仲の良いfamilyのよう。
うふふ。微笑ましい。
キラキラ輝いて眩しいわ。

いつかNancyも、bleちゃんのようにステキな家庭を築きたいなぁ。

そんなことを夢見ながら、日々泣いたり笑ったり怒ったりを繰り返しています。
そして、そんな私をやさしく見守ってくれているponchanとbleちゃんは、Nancyの大切な大切な家族なのだ。