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2007年10月26日

Vol.18 cosmos



Nancyです。

『コスモス』さんです。
別名『秋桜(あきざくら)』ともいいます。

日だまりの中で、風にゆらゆらゆらゆらゆらゆら揺れていました。
澄んだ青い秋の空と、涼しい風にぴったりのお花。
1本だと大してステキではないのだが、うっそうと生い茂っていると圧巻!

小学生の頃、学校の移動教室でどこか田舎に連れて行かれた。
どこだか分からないが、コスモスが一面に咲いたあぜ道のような所を、昼下がりにみんなで歩いた記憶があるのだ。
なんだかなんだかNancyは、その時、自分のことを草原を駆け抜けるハイジみたいだなと錯覚したのでした。(ハイジのアニメなんて見たこともないくせに。)
その時からコスモスさんが好きになりました。(単純ね!)

コスモス(cosmos)の語源はギリシャ語で、“宇宙”。
いわゆる地球の大気圏外を意味する“space”とは少しニュアンスが違って、
『秩序のある調和のとれた体系』
といった意味合いの“宇宙”。
宇宙空間というよりはもっと、広く大きく深く、この次元だけの話では終わらなそうね。

花びらが整然ときれいに並ぶことから、このお花もcosmosと名付けられたんだって。

昔、子どもの頃、宇宙のことを考えると恐くてねむれなくなってたNancy。
恐くて恐くておふとんの中でブルブル震えて心細かった。
宇宙は無限に偉大で、小さなNancyなんてクシャッとつぶされちゃいそうで、飲み込まれちゃいそうで....。
大きくて、大きすぎて、神秘的で....恐かった。

終わりがない、infinityな空間がこの世に存在することの恐怖。
だって地球上には、終わりのないものなんて存在していないから。
宇宙の圧倒的なエネルギーというかパワーを、子どもながらに感じていたのかもしれない。

なので、Nancyは人間が宇宙に行くことがあまり好ましくありません。
宇宙旅行なんてとんでもない!
地球に住めなくなったら火星に移り住もう!なんてもってのほかっ!

人間は人間の与えられた範囲で生きればいい。
宇宙にまで手を広げてはいけない。
どんなに科学・文明が発達して、地球上では“にんげん様”気取りだったとしても、侵してはいけない神聖な部分だってあるのだ。

せいぜい衛星飛ばすぐらいで満足してほしいものです。

それにね、人間もいわゆるcosmos(秩序のある調和のとれた体系)に生み落とされた、cosmos(秩序のある調和のとれた体系)の一部分にすぎないわけよね。
気圧の変化で古傷がしくしく痛んだり(あしたは雨が降る、と天気予報もできちゃうんだからすごいの!)、月の満ち欠けですご〜く体調に変化があったり、満月の夜に赤ちゃんが多く生まれたり、狼男が吠えたり....と宇宙の大きな影響下にある。
宇宙の秩序の中に生かされているのよね。

文明の発達、尽きない科学への好奇心・探求心で、神聖なcosmosを乱すようなことをしてはいけないような気がするなぁ。

それに、あの星の先には一体何があるんだろうとか、今見てるあの星の光は何億光年前のものなんだろうとか、織姫さまと彦星さまは今年も会えたかしらとか....
キラメく夜空を見上げて想いを馳せてみたり、夢を見ていた方が、よっぽどロマンチックなのではありませんこと?

2007年10月17日

Vol.17 so long...



Nancyです。

街中がかぐわしい香りであふれています。

『金木犀』
9月下旬から10月の半ばに、オレンジ色のちいちゃなお花を咲かせる、とても香りの強い木犀科の木です。

おうちの中にいても、住宅街を抜けて街中にいても、この香りに包まれています。
あ〜、しあわせ〜。
キンモクセイさんの香りに包まれた街の何もかもが、とっても幸せそうに見えます。

春のジンチョウゲさん、初夏のくちなしさん、そして秋のキンモクセイさん。
季節がめぐる度に、早く会えないかなぁって待ち遠しくなるお花たち。

輝くエネルギーに満ちあふれた夏が終わって、深い青空にいわし雲、ぶどう色の夜空にキラメく星たち。
かわいた冷たい風が穏やかにふき、ちょっぴりもの悲しくなってしまうロマンチックな季節ですよね。
そこにとどめを刺すのがキンモクセイさんのこのあま〜い香りなのです。
完璧な秋です。

意味もなく悲しくてさみしくて、何かが起こるんじゃあないかしら!?とドキドキしちゃうようなドラマチックな気分になります。

先日の雨でお花がすっかり散って、香りが街の中から消えてしまいました。
さみしいな。

日常の忙しさを言い訳に、ブログに載せるのが遅くなってしまった。
ごめんね、キンモクセイさん。

また来年も、会えることを楽しみにしてるね。
またNancyにドラマチックな秋を届けてね。

2007年09月27日

Vol.16 afterwards


Nancyです。

先日お友だちに感謝の意を込めてバラを贈りましたの(reference to Vol.14)。
あれから一週間経ちましたが、そのお友だちのお部屋に例のバラさんが....!


寝かされてました。

うっうっ....。
もうとっくに、どっからどう見てもしおれているというのに、
捨てないでとっておいてくれてるのっ!!

とっておいて、その後どうしたいのかは分からないが(もうこんなに枯れてたらドライフラワーにもならないし、かと言って押し花にするようにも見えない)、とにかくとにかくっ!!本来ならしおれて捨てちゃうところを大切にとっておいてくれているのことに深く感動なのだ!

想いを込めてあげたものをこんなに大切にしてもらえるなんて、Nancyの気持ちをまるごと大切にしてくれているようで、とってもとってもうれしい!

そして、いそいそとしおれたバラさんを花瓶から出し、どうしよっかなぁ〜?ってキッチンペーパーをピリリとちぎって、その上にきれいに寝かせてる彼女の姿を想像すると、なんてかわいいんだろうと思います。


このバラさんは、彼女が新しく買ってきたもの。
秋らしい色合いのちょっとシトラスっぽい香りがするバラさんです。

彼女もNancyと同じぐらい自然を愛する人なので、こまめに水切りして大切にしているようです。

そんな心やさしい彼女の職業は『ネイリスト』。
Nancyには一生無縁であろう世界で働いています。

そう。私は生まれてこのかたネイルサロンという所に行ったことがありませんし、行きたいと思ったこともありません。

マニキュアは自分でもよく塗るし、10代の頃なんかは爪をなが〜く伸ばしてラインストーンやらキラキラをたくさんつけてはいたのだけれど(すぐに飽きて、その後は短くて濃い色を塗るのが定番になったの。)、わずか一週間ぐらいでハゲてしまうもののために、わざわざ高いお金出してやってもらいたいとは思わないのだ。

それにNancyはお気に入りの色も爪の形も決まっていて、特別な装飾を施すことを好まないので、ふつうに塗るぐらい自分でできるし....。

しかしこの前彼女が「やってあげるよ!」と言って、特別な道具もないのにNancyのベースコートやらマニキュアやら(市販品ね。ネイルサロンにあるような超高いのじゃないの。)を使って、塗ってくれました。

ちょっと失礼して....。



うそ〜っ!!!

超〜〜きれいっ!!
こんなにちがうの!?
これがシロウトとプロの差ってやつなのね。
職人技ってやつなのね!
ははぁ〜、恐れ入りました。

『自分でできるしぃ』なんて言ってた自分が情けないわぁ〜。はずかし!
ごめんなさいっ。

きれ〜いにケアされて、きれ〜いに塗られた(しかも本当に均一に!!)Nancyの足の爪は、超かわいく生まれ変わりましたの!

使う材料や道具、装飾でごまかすのではなく、手元にあるもので(しかもいつもNancyが使ってるやつね)ここまでシロウトと差をつけるこの技術....!!
本当に敬服の一言に尽きます。

Nancyがきゃっきゃっ喜んでいる姿を見て、顔をほころばせる彼女。

何百人というお客様のネイルをケアして、女性の欲求と喜びを満たす仕事を、本当に楽しんでいるんだな、と実感。

すごいなぁ。
しみじみ....。

2007年09月25日

Vol.15 healing



こんにちは。Nancyです。

連休に、伊豆の蓮台寺温泉に行って参りましたの。
え〜と、東京から踊子号で3時間弱ぐらいの所で、下田や伊東と比べてな〜んにもない所です。
何にもないと言っちゃうと失礼だけど、旅館の仲居さん(のぶこさんね)に「どこか見る所はありますか?」と聞いたら「何にもないです」と言い切られたので....。

まぁ特別観光地ではないのだけれど、自然はとにかくいっぱい!
山と川が豊かな所です。
今の季節は鮎釣りができるんだそう。(おいしかったな!)

写真は旅館のベランダから撮ったもの。
流れる雲、虫の声、風で木々が揺れる音、川のせせらぎ、そして土と緑の香りをカラダ全体で感じます。

夜は真っ暗になって、月の明かりのみ。
目を閉じて、しばし川のざぁざぁという音に耳を傾け、自然と自分の一体感を楽しみます。

ついでに木製のベランダの柵に寄りかかりホットコーヒーを飲みながら、「ダバダ〜♪」と“コーヒーのCMごっこ”もしちゃった。
えへへ。
(ご存じ?木の上に建てられたお家で、自然を感じながらコーヒーを飲むCM)

ふだん食べないような食材のお料理を堪能し、アロママッサージで身体をリラックスさせ、夜空の下でのんびりスイミングして、温泉でほぅ〜。

あぁ。贅沢な非日常のひととき。

楽しい時間はあっと言う間に過ぎるというけれど、なんだか時間がものすごくゆっくり流れていて、もう夜の23時ぐらいかしらと思いきや、まだ21時!?なんてかんじでした。

次の日はやや風が強く、山の木々がぼうぼうと揺れている姿はまるで『緑が燃えているみたい』で、とってもステキでしたの。

帰り際に下田にぶらりと寄って、情緒あふれるスポットを発見!
下田は黒船来航(ペリーね!)で有名な歴史のある街。

小さな川沿いには、昔の蔵や家屋をそのまま利用したコーヒー屋さんや食事処が立ち並び、東京では見られないような、西洋の文化が入り交じった趣のある散歩道。


そこで見つけたのが『彼岸花』さん。


そう。なぜか必ずお彼岸にお花を咲かせる彼岸花。
Nancyの実家にもあり、お彼岸までは影も形もないくせに、お彼岸当日になるといきなり咲いてるすごいお花なのです!
お彼岸の前日に「あれぇ、今年は咲かないのかなぁ?」なんて思ってると、当日になって「まぁ!」とママの声。
絶対咲いてるのだ!
すごいヤツめ!

なんだか昔から縁起が悪いお花だとか言われているらしいが、Nancyは子どもの頃からこのあでやかな花火みたいな佇まいが大好きでした。

縁起が悪いと言われる理由には、根の部分にリコリンという毒があり、子どもが触らないように大人が勝手に言ってただけなんだって!(かわいそうな彼岸花さん....。)

ステキな川沿いの散歩道に、パッと鮮やかな朱色の彼岸花。
あぁ〜!すてきぃ。

彼岸花は別名『曼珠沙華』とも言いますね。
突然茎が伸びてきて花を咲かせ、数日で花が終わって茎だけになる、まさにお彼岸のお花。
Nancyは見たことないけれど、『白花曼珠沙華』という花が白いものもあるのだそう。

そんなこんなで、ステキな伊豆の温泉旅行に心身ともに癒されたのは言うまでもない。
エネルギー補充完了!
さぁまたがんばろ!って張り切るNancyなのだった。

 

2007年09月21日

Vol.14 ありがとう



Nancyです。

最近よく思うこと。

どうして人間は、“感謝”の気持ちを忘れてしまうのでしょうか。
今、自分を取り巻いている全てのことが(自分が生まれてきたことさえも)、“当たり前”のこととして感じてしまいがちです。

何かに対して一時的に感謝の念を持っても、時が過ぎるとすぐにその感情を忘れてしまいます。
例えばものすごい苦境に立たされて、誰かが手を差しのべてくれたとします。
ものすごく感謝します。
涙が出るほど。
しかし自分が苦境から抜け出して、いわゆる「ふつう」の状態になると、その人に感謝してた気持ちを忘れてしまう。

身近なところに感謝すべき対象はたくさんあるはず。
しかし、もうそのほとんど全てが、自分にとって“当たり前”のものになってしまっている。
どうしてかしら???

人間はそういう生き物だから、しかたないのかな。
欲深いし、横柄だし、傲慢だし。

自分自身も含め、人間に失望....。

Nancyは、昔はママにごはんをつくってもらうのが当たり前だと思っていました。
だってママのごはんが世界でいちばんおいしいんだもん。
それに、いつもママが作ってくれるのが“当たり前”だと思っていたし。
受験勉強で必死の時やお仕事で疲れて帰ってきた時に、ごはんのタイミングが合わなかったり、用意されていなかった日にゃあ、ぶぅぶぅ文句を言ってふてくされていました。
ママは「ごめんなさいね」と急いでつくってくれました。

最悪です。Nancyは。
過ぎ去る日常の中で、「感謝」の「か」の字もなかった。

“当たり前”のことなんて、この世に何ひとつないのだ。

Nancyとお友だちでいてくれている人たちも、Nancyのことを好きでいてくれている人たちも、いつもメールをくれるあのコも、やさしくしてくれるあのコも、たまに叱ってくれるあのコも、心配してくれる人たちも、そして幸せを願ってくれている人たちも、存在しているのが“当たり前”なわけではないのだ。

全てに“感謝”しなくてはバチがあたっちゃう!

生まれてきたこと、たくさんの人たちのおかげで今自分が立っていられること、笑っていられること、くだらないことで悩んでいられること、毎日ごはんが食べれること。
そしてこんな戯言を公の場で発言させてくれている会社にも、感謝しなくては!

しかし人間。いつまでも毎日毎日こんなに清い心でいられるわけがありません。
でも、でも!
忘れてしまってもいいんです。
また思い出せば。
大切なのは、常に「あ、感謝の気持ちを忘れちゃってたな」って思い出すことだと思います。



私を取り巻く全てのことに、感謝します。
ありがとうございます。

感謝したら、まずは行動に移してみた。
Nancyがさんざんお世話になっているお友だちに、感謝とプラスアルファを込めて。



最近いろいろと大変そうなので、少しでも元気になってもらいたくて、きいろいバラさんをあげました。
『サンタフェ』。
いつもありがとう。



こっちのバラは、やさしくて美しくてまぶしいくらいに純粋で柔軟な心を持っているお友だちに。
心から尊敬してます。
あなたに出会えたこと、そしてあなたからもらったたくさんのことに感謝します。
ありがとう。

こういう気持ちを忘れないようにしよう、とNancyは思いました。
すぐに調子にのって忘れてしまうのが人間の習性であるなら、その習性に逆らってやる!
うふふ。


2007年09月07日

Vol.13 嵐の夜に。 



Nancyです。

台風が去って、お昼間は陽の光を浴びた木々がとてもきれいでした。
強風にあおられて少しぐったりしているようにも、たくさん水を浴びて生き生きしているようにも見えます。

昨日は空全体が暗雲に覆われて、悪魔がたくさんコウモリを従えてやってきそうな不気味な雰囲気で、仕事中も「いつくるか!?いつくるか!?」とそわそわ落ち着かなかったNancy。
結局、風で傘がこわれちゃいそうになったり、よれよれになりながら帰宅しました。

そんな中、「あぁ、やっぱり自然にはかなわないなぁ。」と実感。

そう。どんなに文明が発達しても、人間は自然にはどうにも抗えないのだ。
人間も自然の一部で、自然の摂理の中に生かされているだけなのだ。

日常の中では、自分が自然の一部だと認識することはなかなかむずかしいです。

例えば、うちのponchan(ピンポンの木。超かわいい子です)に抱きついたりチュウしても、なんだかponchanは私に心を開いてくれていないんじゃないかと疑ったりする時があります。
私なんかが触ったら、ponchanが汚れてしまうんじゃないかと思う時もあります。
自分の心の醜い部分を、ponchanには見透かされているような気がして、ちょっと気まずくなる時もあります。
心のキレイなponchanと、キレイでないNancyは、違う世界の生き物のような気がするのです。

自然は邪念や打算がないから『自然』なのであって、人間は邪念や打算だらけ、おまけに自己中心的で自己愛のカタマリ。
神聖な自然に敬意を払うことを忘れた現代人は、『自然』と共に、『自然』として、『自然に』生きることができなくなってしまった気がします。

五感はどんどん鈍り、頭でっかちになり、何をするにしても頭の中で余計なことをぐるぐる思い悩み、自分を守るだけのつまらない生き物になってしまったかんじ。

利便性や合理性のみ追求する一方で、大切な心や鋭い感覚を失いつつあり、とても『自然』とかけ離れた存在になってしまったような気がします。

都会で生まれて都会で死んでいくのだとしても、雨のにおいや風や木々の音、小さな命の存在に常に敏感でいたいと思う。
心の目を開き、感覚を研ぎ澄ませて、自分の感覚に素直でいたい。
『自然の感覚』に逆らわないで生きていきたいなと、台風の夜にNancyは思ったのでした。

2007年09月04日

Vol.12 environment



Nancyです。

駒沢通り沿いの歩道で見つけた『ミニばら』さん。

ガードレールの下から、車道に向かって顔をのぞかせていました。
直径わずか2cm にも満たない、ちいちゃなちいちゃな朱色のお花。

きっと毎日車やバイクから出る毒ガスを吸っているのねぇ。
かわいそぅに....。

それでもけなげにたくましく、かわいらしいお花をたくさん咲かせていました。

お花ってえらいなぁ〜。

尊敬。

2007年08月30日

Vol.11 建築




『東京国際フォーラム 』。
大小のホールを有する近代的なbuildingです。

Nancyの兄がこの近辺の飲食店で店長をやっているので、最近やたら頻繁に行っています。(ほんとに頻繁に行くので「また来たのかっ」とイヤがられます。照れてるのだと思います。)

その際、いつも国際フォーラムを通り抜けて行くのですが、ガラス棟とイベントホール棟の間にある『地上広場』と呼ばれる写真のこの場所、45本のケヤキと15本のカツラがとってもとっても美しいのです。

Nancyのお気に入りは、まぁるいスペードの形をした葉っぱがキュートな『カツラ』さん。
背のわりには幹があまり太くないので、すらっとしたさりげな〜いたたずまい。
清涼感のあるさわやかなグリーンが、夏にぴったりの木です。

こう言っちゃ失礼だが、ここの主役はこの木々だと思う。
確かにこの近代的な建物は、それはそれでスバラシイものなのかもしれない。(建築の技術やデザインの流行とかよくわかんないけど。)
しかし、この木たちがいなかったら、まぁなんて味気ない色気のないブロックの集合体なんでしょう!....と私は思います。

ま、建築物の好みは人それぞれですが、Nancyはヨーロッパの古い建物がそのまま残る(残ってるんじゃなくて活かしてるんだ。)街並みが好き。
そこには必ず緑があり、劣化があり、修復の跡があり、昔の人の“仕事”への敬意があり、面影があり、現代と歴史と自然との調和が感じられるからだ。

無機質で虫一匹飛んでいない世界よりも、“人の作りあげたもの”と“自然”と“人間”が、融合され調和のとれた世界の方がよっぽど味わい深く、Nancyは好きです。
この建物は木々に活かされ、よって、この建物の一番評価すべき所は木々だと考えます。(えらそ〜。)

だってね、その証拠に、この広場の木々の下にはベンチがあるのですが、みんなそこに座ってくつろいでいるの!
そこにベンチがあるから座るのではなく、そこに木があるから座りたくなるんだと、私は思う!

仕事帰りのおじさんも、カップルも、おばさんも、若い子たちも、あやしい人も、なぜか木のまわりに寄ってきます。
ぺちゃくちゃおしゃべりしている人たちもいれば、携帯いじってたり本を読んだり、ボーッとしている人もいます。(ちなみにNancyはここでジェラートを食べるのが好きなの。)

木ってそういう場所なんです。
『休』という漢字は、『人』が『木』の下で休む姿から作られたと習ったけど、ほんとにそうなのだ!
人は知らず知らずのうちに、木のそばで一息つきたくなるものなのだ。

この建物をつくった人たちはこれらの木々を、建物を彩るただのオブジェとしてしか捉えてないかもしれない。
でもこの光景を見れば、ここの木々がオブジェ以上の役割を果たしていることは一目瞭然。
ここを通る、または利用する人たちは、みんなここの木々を必要としている。

都内に大きな建物がどんどん作られているけれど、人間も自然の一部。
人は自然を自然と求め、安らぎや癒しを必要としているのです。
それをふまえて、建築や街づくりのデザインをしてもらいたいなぁって思います。

昨日通ったら、先の方が少し茶色く色づいた葉っぱが、はらはらと落ち始めていた。
あぁ、夏が終わったんだ、とちょっとさみしくなったNancy。

カツラはカツラ科。
別名、香の木とも呼ばれ、葉っぱを粉にしてお香をつくったりするそう。

ケヤキはニレ科。
秋の紅葉も楽しみ。

2007年08月23日

Vol.10 メンテナンス




Nancyです。

先日、等々力にはなんにもないっ!!と述べましたが、撤回いたします。

ありますっ!
世田谷が誇る『等々力渓谷』!!

写真は昨年の秋頃に訪れた時のもの。

都内に残る数少ない渓谷です。

豊かな緑。澄んだ空気。野鳥の声。川のせせらぎ。
ゆったり流れる静かな時間。
不自然な都会の中に、“絶対的な自然”が存在しています。
まるでそこだけ別世界です。

古墳時代後期から奈良時代のものと推定される、横穴式古墳もあります。

すごいぞ!

最近、夏バテだか疲れのせいか、『記憶がぶっ飛ぶ病』に冒されているNancy。(シラフで)
笑いごとじゃないのだ。
かなり深刻なのです、本人的には。

記憶力だけは自信がある私。(えっへん!)
なのに最近の私は自分の知らないうちに、“何かをしている”のだ!!
そして覚えていない!!

物忘れってよくあることだけど、人に言われたり何かをキッカケに思い出しますよね。
「あぁ〜、そういえば...。」みたいに。
Nancy もそれはよくあります。(べつに言うほど記憶力良くないじゃんね。)
しか〜し!
今の私は、人に言われようが証拠を突きつけられようが、
「???記憶にございません。」なのだ!
頭のまわりにquestionマークがいっぱい飛びまくる。
悪いことした政治家のお決まりの文句を使わずにはいられない。(もしかしたら彼らも同じ病気!?やだやだ。)

こわい....。

記憶力が良いと自負しているNancy。
「Nancyこれこれこうしたよね。」
って言われても、
「はぁ!?何が?そんなことしてないよ。」
「してたじゃ〜ん!」
「なに言ってるの?ボケてるんじゃないの?」
ぐらいの勢いで強気に出てしまう。
最終的に動かぬ証拠を突きつけられ、
「うぬぅ...。」
と、悔しいが認めざるをえない。
しかし記憶は戻らないのだ。

最近いろんな人にこの悩みを相談するのだが、ある人に言われたのが『二重人格説』。
もう一人の自分が本体の気づかぬうちに何かしているというのだ。
本体のその間の記憶はなくなる。
そしていつかもう一人の自分にカラダを乗っ取られてしまうのだ!!
ひぃぃぃ〜っ!!
しかもこの話、誰に言われたのか全く覚えてないというオチつきです....。
最初のんたんかと思って、確認したところ、「オレはそんな話していない」と言う。
誰だろう....。

プライベートではまだいい。(周りの人は迷惑そうだが。)
お仕事でもふつうに記憶を無くすからウケる。(ウケない。)
しかも自分でやったことを、人のせいにしたりする最悪っぷり。
このままじゃクビになっちゃうかも〜。
こらっ、しっかりしろNancy!!

あ、等々力渓谷の話をしてたんだ。
そうそう、こんな時こそ緑に包まれて時間や煩悩を忘れ、心を(脳もね)癒すべきっ!

夏だ!海だ!花火だ!納涼祭だ!
と、はしゃいでいる場合じゃあないわ。

行こう!等々力渓谷へっ!

2007年08月20日

Vol.9 贅沢



Nancyです。

世の中はお盆だっていうのに、Nancyはお仕事していました。
街中おやすみムードなのに、Nancyはいつもと変わらない日常でした。

そんな中、少しでもおやすみの気分を味わおうと、先日、等々力をぶらぶらお散歩しましたの。
等々力というところは、閑静な住宅街。
....以外なんにもないっ!!
故に、実家からわずか10分15分の近さなのに、今まであんまり近寄ったことがなかった。

がしかし、お散歩しながら非常〜に楽しんでいる自分を発見!
それはなぜかというと、まず一軒一軒のおうちがとてもきれい。
子どものころから『おうち』大好きのNancy。
住宅展示場や、新聞にはさんである不動産の広告の間取り図を見て、勝手に妄想してウキウキわくわく、心踊らせていたのだ!
ふむふむ、等々力の住宅はけっこう見応えがある。(だれっ!?)

そしてどこのおうちも庭先に木や草花をきれいに育てているのです。
まずいわゆる『庭木』と呼ばれるものの基本をそろえるのは当たり前。
それプラス、更に各家好みのお花や木を“きれいに”(ここpoint!決して生やしっぱではないのだ。お手入れが行き届いている。しかしいかにもガーデニング大好きですぅ〜みたいなかんじでもなく、あくまでさりげないのがいい塩梅なのだ。) 育て、おうちに彩りを持たせているのである。

おしゃれぶった嫌みさがなく、自然で大人なかんじ。
お花や木が好きなんだろうなっていうのがちゃ〜んと分かります。
暮らしを演出するための植物なのではなく、植物と“一緒に生活”しているのがよく分かります。

さて上の写真は、とあるお宅の門に咲いていた『ランタナ』さん。
クマツヅラ科。
このお花、別名『七変化』と呼ばれていて、お花の色が黄色からオレンジ、ピンクへと変わっていくのです。
とってもちいちゃくてかわいらしく、happyな色合いのお花さんです。

その先のお宅で見つけたのが下の写真。

THE みかん!!


なにみかんなのかは分かりません。
塀の向こうからこちらにたくさんの果実をのぞかせていました。
そのあまりに見事な実のなりように、きゃあきゃあっはしゃいだNancy。
また近いうちにここを歩いて、なんとかここのご主人と仲良くなり、黄色くなった食べ頃のみかんをわんさかもらえたらいいなぁ〜と妄想してしまいました。

等々力の住宅街。
味気ない高層マンションや無機質なビルが増殖する昨今、住人の息づかいが感じられる、やさしく美しく穏やかな街でした。
本来の贅沢な空間が、確かにそこにはありました。

みかんが黄色くなった頃、また行きたいなぁ。